05.8.2008

五月三日

目が覚めると、すでにお昼だった。
今日は土曜日。
社会人になって初めてのゴールデンウィークはこんなふうに、
いつもの休日と同じように始まった。

昼ゴハンは母親と二人で昨日の夕飯のカレーの残りを食べる。
カレーはいつだって翌日がおいしいに決まっているなんて
なんか宿命めいたものを感じながら、無言で食べる。

テレビは新幹線の乗車率がどれくらいだとか、
高速道路が何キロ渋滞しているだとか、
そういうことを映している。
毎年この時期になると、こんな放送ばっかりだ。

ただ、去年と違うのはあまりにも平穏だということだ。
去年の今ごろは、僕は新しい先生のもとで修士論文の構想を練っていた。
いろんな資料をこねくりまわしたり、
あーでもない、こーでもないと考えあぐねていた。
ゴールデンウィークは当然そういった時間に多くを割いていたはずだし、
僕の頭は研究と、立派な論文を書いて、
なんとしても卒業しなければならないという、焦燥感でいっぱいだった。

でも今年はなんと安穏とした連休だろう。
考えることといえば、今夜、彼女とどこで夕飯を食べようかとか、
初任給を何に使おうかとか、そういうどうでもいいことだった。
何より、強迫的な焦燥感が全くなくて、頭のネジがゆるみきっている感じだ。

そんなふうにして、
遅い昼食のあとに母親とテレビを見ながら大の字になって
小一時間ほど昼寝をした。寝てばっかだ。

目が覚めて、いよいよ動き出さなければ、
という気になって始めたのが部屋の掃除である。
僕の部屋はまだ学生時代の資料の残骸に埋もれたままだったし、
休日を半日かまる一日使わないと、とても片付かない程だった。
というのも、卒業して二日後に、ようやく就職先が決まり、
その三日後には働き始めたから、
とても学生時代の残滓を整理するなんて余裕がなかったからだ。

とりあえず山のようなファイルや資料の山を分解して、
とっておくものと捨てるものにわけながら、
必要なものは新しくファイリングしなおす。
途中、たくさん書き込みがされて、手垢にまみれた懐かしい論文を見つけたり、
目にしたくもないほど難解な論文を手にとったり、
コピーをとったまま結局読まなかった資料などを発見したりした。
こういうものの総体が、いわば僕の修士論文であり、
懐かしい旧い友人達に再会したような気持ちになった。

そうやってのんびり片付けをしていると、
すでに空はオレンジ色を帯始めていた。
窓をあけると、青臭くて湿った初夏の風がそっとカーテンをゆらした。
雲はところどころ黒ずんでいて、夕立を予感させるようだった。

もうすぐ梅雨なのだろうか。

アパートの前では子供たちの遊ぶ声がときおり、きゃっきゃっ、と聞こえた。
僕ははっぴいえんどを聞きながら黙々と掃除を進めて、
ようやくまともな部屋になった。
あぁ、畳の匂いがするなぁって、思った。

あと半日かけて古いパソコンの処分をしたり、
写真の整理をしたりしなきゃいけない。
どうやら社会人初のゴールデンウィークは、
掃除の日々で終わりそうである。