02.29.2008

弱きもの

Link: http://blog.livedoor.jp/kenjiro45/archives/50958240.html

以前にも紹介したけれども
ホームレスである武州無宿健次郎さんが
ブログでこんなことを言っていたので
引用させていただきたい。

けれど、ぼくはそういう自分の「弱さ」や「脆弱さ」を惨めにさらしながらも、それを否定せず肯定し受け容れてゆきたいとも思っていて、蹴飛ばして自分の中から叩き出してしまうよりも、むしろ大嫌いな自分でさえしっかりと抱き締めてやりたくもあるのだ。

この言葉は論文を書いているときに
ふっと目に飛び込んできた。
それ以来、ずっと心のなかで「しこり」のように
残り続けている。

これは自分ともっとうまく付き合う方法のひとつだと思うし
他人とうまく付き合う方法でもあると思う。

この「弱さ」というのが自分のコンプレックスである。
しっかりしなきゃいけない。
ちゃんとしていないといけない。
時には男らしく、時には大人として振舞わなきゃいけない。
時にはアルバイトとして、時には学生として。

でも限界だよ!
と思うときがある。
そんなに上手にできない。
そんなに器用じゃない。
そんなに立派な人間じゃないよ、俺は。
と思うときがある。

でも自分で自分を抱きしめるのは本当に難しい。
抱きしめることが、言い訳をしてしまっているような気がしちゃう。
逃げているような、開き直ってしまったような気がしちゃう。

だから誰かに抱きしめてもらいたいと強く思ってしまう。
でも抱きしめてくれる手から、離れたくもなる。
「抱きしめてもらいたい」(これはもちろんメタファーだけど)
という気持ちが、なんかいけないことのように思う。
だから、それはずっと隠してる。

モノゴトがうまくいかないときに
こういう思考のモードになる。

すごく「らしくない」と自分で感じるんだけど
それも僕自身だと思っているから
どうやって説明したらいいのか
説明するべきなのかに悩む。

そんなに強くないよ。俺。

だからって頑張ってない訳じゃない。

02.26.2008

映画 『ミリキタニの猫』

Link: http://www.uplink.co.jp/thecatsofmirikitani/

ミリキタニの猫のパンフレット表紙

先日『ミリキタニの猫』という映画を見た。
久しぶりにすがすがしい気持ちになれる映画だった。

ジミー・ミリキタニはニューヨークの路上で生活するホームレスである。
彼は80歳を超える高齢だが、絵を描いて生活費を稼いでいる。
しかし2001年9月11日のニューヨークは同時多発テロによってパニックに陥る。
人々が逃げ惑い、すすり泣くなかで、
彼は一心に崩れ落ちるビルをスケッチブックに書き写している。

この映画の監督であるリンダはジミーを自宅に招き、共同生活を始める。
そして次第に彼の生い立ちが明らかになっていく。

大体このようなあらすじである。
正直に言って、この映画を見るまでアメリカに移民した日系人のことなんて
全然知らなかったし、考えたこともなかった。
ブラジルやアルゼンチンに移住した沖縄の人々のことは知っていても。
だから、最初に「ジミー」をスクリーンで見たときに
すごくヘンな違和感を感じた。

この人は日本人なのか?違うのか?

そういう国籍に基づいた考え方を自分がいかにしているかについて考えざるを得なかった。
そして、日本人らしからぬ、このじーちゃんが痛快などほど元気で面白い。
それは国籍も文化も年齢も関係ないのかもしれない。

そして映画はジミーを中心に、次第にありふれた一個人が一生懸命生きるという
非常にありふれたことを、鮮やかに描き出しているように感じた。
何より「自由」がスクリーンいっぱいにあふれているような気がした。

少なくともこの映画はいわゆる「反戦・平和」について取り扱ったものでもないし
ブッシュ政権を批判するようなシロモノではない。
そういったものを暗喩しているにせよ。

ただ、たんたんと「生きる」ということをストレートに表現した作品だと思う。

もし見た人がいたらぜひコメントをいただけたらと思います:)


02.20.2008

決める

昨日新しい会社の説明会に行ってきました。
社長が自ら説明をしてくれたり、
部長クラスの人間が5人も集まって集団面接(面談?)をしてくれたりで
ものすごく真摯に向き合ってくれているんだと感じました。
たった五人の内定者(?)にこんなに時間を作ってくれるなんて
普通の上場企業じゃありえない、と思います。

しかし、説明会が終わっても何かしっくりこないんです。
とてもいい会社だというのはわかりました。
でも、ウェブに力を入れ始めたばかりだということを含めても
なんか腑に落ちない。

何故か?

今日気づいたのは、やっぱり自分で選んでないからだと思います。
自分で探して、迷って、決めたのでなく
あくまで紹介してもらったから腑に落ちないんだと思いました。

やっぱり自分で決めたいです。

そんだけです。

02.19.2008

adsenseを入れてみました

こんにちわ。土日はゆっくり過ごしていました。
就職活動がなかなかうまくいかないなりにも、こういう時間は大切です。

さて。googleのアドセンスを入れてみました。
もはや新しくもないですね。
いまやどこでも見かけることができます。

ところで「アフィリエイト」ってなんでしょうか?
「アフィリエイト」をグーグルで調べてみると、
「IT用語辞典:e-words」にこんなことが書いてありました。

Webサイトやメールマガジンなどが企業サイトへリンクを張り、閲覧者がそのリンクを経由して当該企業のサイトで会員登録したり商品を購入したりすると、リンク元サイトの主催者に報酬が支払われるという広告手法。

要するに広告を自分の(個人の)サイトにはっつけて
クリックされると自分に(個人に)その報酬が支払われるという仕組みのこと
なのかな?

でも未だにアフィリエイトというものをやったことがないので
試してみることにします。
特にこれで稼ごうとか、そういうことではなくて
実際どんな設定があって、どんなことが可能で
どれくらいの期待ができるのか/できないのかを知りたかったからです。

そもそもアフィリエイトについてはいろんな意見があると思います。
簡単に分けるとこうなると思います。

  1. ウェブは広告媒体として有効であり、貴重な収入源である
  2. テキストを書くということはなんらかの生産をしていることなので、対価をもらうに値する行為である
  3. テキストを書くということは個人が主体的な発信をするという点で重要である。さらにそのことによって対価が得られるなら、それに対して重要な動機付けになりうる
  4. インターネットはそもそも市場から独立した領域であり、またそうであるべきである。よってアフィリエイトをすることによって、主体的な個人を切り売りしていることになるし、テキストの内容が持っている意味合いも大きく変わってしまう。
  5. どんなレベルであれ広告が掲載されるのは、ウェブページのデザイン性を粗末なものにしてしまう可能性がある。というより、広告のあるサイトは見づらいものが多い。

確かにフォーマルにせよ、インフォーマルにせよ、個人の執筆活動が対価を得られるようになったというのは、いろんな意味で革新的であると思います。重要なのは自分がアフィリエイトするか/しないか、という選択肢が与えられていることだと思うし、どんな広告を載せるのかということを自分で選べるということだと思います。

ただ、ブログを書いて生計が立てられるほど報酬を当てにすることは結構難しい、
ということはよく知っておくべきだと思います。
いわゆるアルファブロガーと呼ばれる人たちでさえ
ブログ一本で生活しているわけではないしね。
やろうと思えばできるのかもしれないけど。

それに、クリックされるキーワードというのは
あらかじめ傾向というものがあると思います。

例えば最先端の情報技術だったり、株式市場の動向だったり、
芸能関係とか健康食品とかダイエットとか・・・。
それは著者が作り出したというよりは、社会や時代の流れといえるかもしれません。

ちょっと考えてみると、それは著者のセンスとかってよりは
情報の重要度の序列がある程度決まっているということでもあると思います。
芸能人のアルファブロガーが書く日記と、一介の学生が書く日記の本質的な価値を
比べることがどれくらい適当なのかもわからないし、
倫理的には平等なのかもしれないけど、
ウェブ上では、とりわけ広告収入という点では
明らかに情報としての価値の優劣が決まっていますね。

いわばアフィリエイトというのはそのゲームに乗っかるということでもあると思います。
もっと賢く使えば、あるいは賢いプログラムがあるとすれば
このゲームをひっくり返すことも不可能ではないかもしれませんが。

あとは、当然広告の全てが正しく有益な情報を提供するとは限らないし
本来広告提供者である個人もそのことを承知した上で広告を掲載するべきだと思います。
法的に、あるいは契約上はクリックするのは閲覧者の自己責任であったとしても
その広告は個人のブログのコンテンツの一部、
少なくともページを構成するパーツにはなっているのだし。

「じゃあどうやって企業は収入を得たらいいんだ?」という言葉が返ってくるかもしれませんが
稚拙な私の考えでは、「企業は自分のサイトの情報・コンテンツにどのような責任があると思っているのか」
と返したいと思います。

いわばこのへんの責任の帰属の境界線がとっても曖昧になっている気がします。
でもやっぱり広告も含めて(広告収入の可能性も含めて)ウェブであると思っているので
自ら語ることに対しては責任を持ってやるべきだと思うのです。

という自分もアドセンスを入れた瞬間、無責任な広告が表示されていて
すごく自己矛盾な気持ちになっているんですが・・・。

やっぱやめようかな(笑)

02.18.2008

ホテルルワンダ

先日ホテル・ルワンダのDVDを借りて見ました。
とても考えさせられる映画でした。

ルワンダで虐殺があったのは確か僕が中学生のときだったと思います。
報道番組かなんかで、その映像を見たときにものすごいショックを受けたのを覚えています。
それと、確か社会の先生がこのことを教えてくれたような気がします。

それがきっかけで、なんとなく国際協力に興味を持って、
大学受験のときに、国際関係を勉強できる学部を選んでここにきました。

それにしてもあまりにも無力だなぁと思います。この映画を見ちゃうと。
一体自分たちに何ができるのか?それを今でも考え続けています。

wikipediaより要約を引用

ホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda)は2004年に制作された映画。テリー・ジョージ(Terry George)監督、イギリス・イタリア・南アフリカ共和国合作。撮影はほとんど南アフリカにて行われた。1994年アフリカ中部にあるルワンダで、ツチ族とフツ族の民族対立による武力衝突「ルワンダ紛争」が勃発した。フツ族過激派がツチ族やフツ族の穏健派を120万人以上虐殺するという状況の中、1200名以上を自分が働いていたホテルに匿ったホテルマン、ポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagina)の実話を基にした物語である。

この映画は一人の男の英雄的な行動をたどるとともに、ルワンダの旧宗主国ベルギーによる人種分別政策や、虐殺に対する国際社会の無関心を強く批判する作りになっている。特に国連やアメリカ合衆国(そのころはソマリア内戦介入のトラブルで苦境にさらされていた)が有効な介入をしなかったことが追及されている。フツ族の過激派はツチ族反乱軍によって排除されるまでのおよそ百日間に約八十万人の人々を殺害した。映画の最後に映し出される文章によってフツ族の将軍など虐殺の指導者たちが裁かれたことが示される。

ホテルルワンダ
02.17.2008

ダイアリー

みなさんはどんな手帳を使っていますか?
僕は去年は「ほぼ日手帳」を使っていました。
なかなか使い勝手はいいんだけど、
ちょっと厚くなってしまいますね。

それで気分を変えようと思っていたら
出会ってしまいました。

トラベラーズノート

これはかっこいいです。

迷った挙句に買ってしまいました。
最近は手帳を開くのが楽しみで
よくにらめっこをしています。

今年こそもっとちゃんとスケジュール管理をしたいものです・・・。

トラベラーズノート

http://www.midori-japan.co.jp/tr/index.html

02.16.2008

シュウカツ状況

今日会社説明会がありました。
とりあえずこの会社で働くことはなさそうです。
これについてはおいおい説明します。

さて。重要なのは「自分が何をしたいか」ですね。
はっきり言って僕の場合はかなり明確だと思います。
というか、明確になったんです。この一年で。

今悩むのは、それをどうやって具現化するかの問題ですね。
それはもう戦術の問題。

技術を知る必要がある
会社というものを知る必要がある
お金の流れや法律的なことを知る必要がある
具体的にプロジェクトを進めるということを知る必要がある
そして多くの人に出会い、学ぶ必要がある。

おそらくこれはどこに行ってもできると思います。
ある程度の誤差はあっても。
覚悟さえ決まってしまえばですね。

要は、あとは場所なわけです。
どの場所を選ぶか。今それを考え中・・・。
「場所」の新しさをどう捉えるか・・・。

今月には答えを出します。

中途半端なブログで申し訳ないです。
近日中に書き直しますね。
それでは。

02.14.2008

最後の合宿

学生生活も残りあとわずかになってしまいました。
いろいろと「最後の」という接頭辞がついてしまうイベントが多いです。

先週の口頭試問が終わってから僕はそのまま江ノ島に向かいました。
学生生活最後の合宿のためです。
おそらく僕は学部に入学して以来
12回目の合宿だったと思います。
考えてみるとかなり多い数字ですね。

学部一年のときに参加して以来、
合宿で交わされる議論は普段以上にエネルギーに満ちていて
僕にとっては、とてもエキサイティングなものでした。
回を重ねるごとに目から鱗が落ちるような思いを
何回も経験してきたように思います。
そんな合宿も最後だと思うと非常に寂しいですね。

二日目の夜はそんな思いもあってかかなりお酒が入ってしまいました。
というのも途中で宿を抜け出して海岸に寝そべって星を見にいったときに
寒いと思ってポケットサイズのウィスキーを飲んでしまったからだと思います。
でもとても気持ちよかった。
ねっころがって、空を見上げた瞬間、流れ星が「しゅっ」と流れました。

そうやって穏やかな気持ちで、真冬の浜辺にねっころがって
ウィスキーを片手に夜空を見て、流れ星を見ることなんて
もうないんだろうなーと思って、とても寂しかった。
例えあったとしても、そのときの自分は学生ではないかもしれない。
学生ではなくなったときの自分が果たしてどれだけ自分でいられるのかなんてわからないけど。
とにかくそんな気持ちになった。

宿に帰るとみんな楽しそうに飲んでいた。
思えばこの場所に僕は七年間も住んでいたんだと思った。
何が幸せかって、みんなが酔っ払って楽しく話したり、
真剣に熱っぽく語ったりしているのを見るのが幸せだ。
ここに来れてよかったなぁと、訳もなく思った。
僕はこの「包まれている感」が好きだ。
安心できるんだ。

「こっちきて飲めよ」と言われて
その輪の中に入ると、あとはもう飲むしかなかった。
嬉しすぎて。
それでよくわからないことを話しまくって
飲みまくって、気持ち悪くなって寝た。

今考えればもったいないッ!!
もっとゆっくり飲んで、ゆっくりみんなと話したかったなァ。

本当に、本当に僕はラッキーな人間だと思う。
こうして素敵な人たちに囲まれて、
この社会のどこを探しても見つかりっこないくらいに
真面目に小さいこと/大きいことについて考えて、それを話すことができる。
僕もその一員だったってことを誰かが少しでも覚えていてくれたらなぁ、と思う。

とにかくさ、ありがとう。
それを言いたかっただけなんです。

02.13.2008

口頭試問が終わって

昨日合宿から帰ってきました。
口頭試問のあと、そのままゼミの合宿に行っていたんです。

口頭試問は思ったより大丈夫でした。
始まる前はかなり緊張しました。
最後の最後まで英語でやろうか、日本語でやろうか迷いました。

前日に先輩と日本語で練習したときには全然ダメでした。
やっぱり英語で書いたからなのか、英語のほうがすんなり言葉が出た。

口頭試問直前にもう一度、と思って一人で部屋で練習していたんだけど
焦りすぎて頭が真っ白になってしまいました。
リラックスしていればできたかもしれないけど
英語で話していて真っ白になったら終わるな、と思ったから
やっぱり日本語でやることにしました。

部屋に呼ばれて入ると三人の教授が座っていました。
主査である私の先生が簡単に英語で挨拶をして
まず「簡単に修士論文の概要を説明してください」と言いました。

それで10分くらいで論文の概要を日本語で説明しました。
思ったよりちゃんと話せた。

副査の教授の質問は結構戦略的に練られたものが多いように感じました。
インターネットは公共圏なのかどうなのか、とか
ネットカフェ難民に対する政策はどのような影響を与えているのかかどうか、など。

面接が終わって友人と遅い昼食を食べていると
主査の教授から電話があって「いい評価をもらっていたよ」と教えてくれました。

何はともあれ、論文のほうは大丈夫そうです。

それから、最後に主査であるE教授からもらった言葉が心に染み渡りました。
彼は以下の四点について話してくれました。

  1. あなたの先行研究は非常によくまとまっているということ
  2. あなたが集めたデータは非常に有効であると同時に、良いまとめ方をしているということ。
    そしてそのデータの多くは非常に共感でき得るものであるということ。
  3. サイバースペースにおいて、ハンナ・アレントの思想からアプローチを試みたということ。
    これは知的な意味で非常に優れているということ。
  4. 以上のような点から、あなたの研究は非常にオリジナリティに富んでいるということ

本当に涙が出そうになりました。
自分が長い時間をかけたことに対して
こんなにも賞賛を与えてくれたことは
おそらく今までの人生のなかでなかったと思います。

そして最後に
「あなたが11月ごろに悩んでいた選択肢、
つまり事例をNGOとするか、それともネットカフェ難民を事例とするか
という選択肢があったことを覚えていますか。
私は正直に言うと、ネットカフェ難民を事例とするには
論文として纏め上げるうえでリスクが高すぎると思っていました。
しかし、あなたは自分の考えたいことがそこにあると信じ、
ネットカフェ難民を事例とすることを選びました。
そしてあなたはネットカフェ難民について書きました。
実際に書いてみてどうですか?
あなたの考えたかったことは書けたでしょうか?」
と言いました。

僕は「まさにこれが僕の言いたかったことです」と答えることができました。
それがこの面接の最後の質問でした。
ほんとに何はともあれ、長い勉強・研究生活がひとまず終わったということです。
やってきてよかったなぁ。。。

02.8.2008

明日は口頭試問です

明日はいよいよ口頭試問です。
早ければ、明日中に合格か不合格かがわかるかもしれません。
できる限りのことはすでにやり終えたので、今さらどうこうするわけではないけど
なんとなく落ち着かないです。

それにしても論文を書き終えてから約一ヶ月経っているんだけど
ものすごく時間の流れが早いですね。
また少しずつ更新していきますね。