12.28.2007

書いていますよ

書いていますよ。
ゴリゴリ書いています。

もうちょっと。もうちょっとなんだ。
書き終えたらアップしたいなぁ、とも思っています。

それでは!

p.s 論文書いたら、今度はシュウカツをちょっと考え直さねば。

12.24.2007

修士論文フレームワーク

事例は全部読んだし、分析も終わった。
さて、どうやってまとめようか。
ちょっと困っています。
あとは書ききるだけなんだけどな・・・。

以下、5部構成です。

  • トピック:「サイバースペース」か「ブログ」か
  • ネットカフェ難民ブログの機能について:承認、情報交換、ネットワーク、個人の創出
  • 先行研究の位置づけ:「新しい」新しい社会運動?
  • 仮説:仮説が成り立たない!?
  • 結論:サイバースペースの「構造」

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12.24.2007

これからやりたいこと

今日はクリスマスイブですね。
みなさんはいかがお過ごしですか?
僕はひとり、学校で勉強しています。
修士論文も佳境です。
今が勝負ですね。

さて以下に、これから自分がやりたいと思うことをのメモです。
見たい方はクリック!

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12.22.2007

働くこと2

なんかみなさんに心配をかけているようで、申し訳ないです。しかし、就職も重要だけど、今は修論のほうが重要です。来月の10日が締め切りだから、とりあえずそれまでは・・・。という感じです。

このことをmixiにも書いたんだけど、友人が電話をかけてきてくれました。「同僚にも相談してみたんだけどさ・・・」という彼は、本当に優しい心の持ち主です。こんなに心配してくれて、自分の同僚にまで話を聞いてくれるなんて、本当に感動しました。なんか、自分の就職のことがどうでもよくなってしまうくらいです。そんな友達がいてくれて本当に嬉しい。それがわかっただけでも、このことがあってよかったような気もします。

両親ともじっくり話してみました。やっぱり両親というのは偉大ですね。今まで話したことのなかったような話題でもあったので、この時期にこういう話ができよかったなと思いました。基本的に自分を信じてくれているようなので、負けないように頑張らなきゃ、だな。

そしてアルバイト先の先輩も本当に僕を評価してくれて嬉しいです。忘年会で飲みにいったときに、自分が今まで関わってきた仕事が、次の仕事、さらにその次の仕事を生み出していくような意味があったんだということを彼は教えてくれました。全然そういうふうには考えてなかったけど、自分がやった仕事は自分が思う以上に、会社として意味があることだったんだなぁって思って、すごく嬉しかった。そしてそう考えると、その仕事ができるのは、今の職場では間違いなく僕以外にいないわけで、改めて自分の存在意義を強く感じました。こんなに信頼を寄せてもらえて本当に感謝です。

なんか感謝でいっぱいなのです。

実際には今月末か来年の頭に正式な発表が出るそうです。そのころには修論も終わっているので、それから動き始めようかと思います。

いやいや。頑張りますよ!

12.20.2007

働くこと

月曜日から今日まであっという間だ。
これからどうなっていくんだろうか。
とりあえずは修論だ。これはがんばれる。

「働く」ということについて改めて考えさせられた一週間だった。
もちろん引き金はあの事件。詳しくは19日の記事を見てね。

この話を、かつてのバイト先の先輩に少し相談してみた。
んで教えてくれたのがこれ。

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう限界かもしれない』
http://e0166.blog89.fc2.com/blog-entry-355.html

これ2chです。俺ほとんど2chって見たことねーや。
でもこれは面白かった。長いけど。

元ニートがあるきっかけで、猛勉強してあるIT系の会社に入る。
彼を待っていたのはまさに「地獄」だった。
いくら残業しても終わりの見えない開発プロジェクト―俗に言う「デスマーチ(デスマ)」―のなかで
繰り広げられる、絶望と、わずかな希望のお話。
実話・・・だと信じられるディテール。

働くってつらいな。
ホント生き地獄だな。
もちろんそんな会社ばかりではないけど。
でもIT系はどこもそうなのかもしんない。

主人公の彼は本当にがんばったと思う。
でも、それでも僕は首をかしげちゃう部分が多かった。
人として「大事そう」な部分と会社員として大事な部分が何回もぶつかっていた。
そして最終的には彼は「会社員」としての生き方を選んでいるような気がする。

なんというか、最初から決まってるじゃんか。と思った。
そういう価値観もってたら。持たざるを得ないってわかってんだったら。

いろんな判断基準、いろんな価値観があって、いろんな生き方があっていいじゃんかって。
多分こういう見方に反論する人は多いと思う。
「あめぇよ」って。言われるんだろーな。

これ以上言うのはやめよう・・・。

12.20.2007

outline of master thesis

I would like to write a memo about outline of my paper here.

Theme:
Emerging Social Movement on Cyberspace in Contemporary Japan
— Document Analysis on Weblogs by Net Café Refugees—

table of contents

1 イントロダクション
1.1 研究目的と研究手法
1.2 日本のインターネットの状況:統計から見るインターネット(『情報通信白書2007』と『インターネット白書2007』――利用者数の変動と利用者の属性)
1.3 サイバースペース論×情報革命論
1.4 社会運動の新たな地平―「未発の社会運動」と後期近代における「主体」(新原道信、稲葉奈々子、Alain Touraine、Alberto Melucci)
2 先行研究――サイバースペースと社会運動
2.1 ヴァーチャル公共圏
2.2 資源動員論
2.3 ネットワーク理論
2.4 仮説と問題提起―日本における「未発の社会運動」とサイバースペースの相互影響
3 事例――サイバースペースでのネットカフェ難民たち
3.1 「ネットカフェ難民」とは――厚生労働省による調査/テレビ局によるドキュメンタリー/湯浅誠
3.2 サイバースペースでささやかれる声なき声――ウェブログ検討
3.2.1 事例1――「ネットカフェ難民」
3.2.2 事例2――「オカマ ネットカフェ難民 今 ワーキングプア 脱出生活記録」
3.2.3 事例3――「ミッドナイト・ホームレス・ブルー」
4 分析理論
4.1 Project Identity—Manuel Castells
4.2 Networked Individualism—Barry Wellman
4.3 Post Subculture—Kahn and Kellner
5 分析
5.1 事例1の内容分析
5.2 事例2の内容分析
5.3 事例3の内容分析
5.4 事例2の著者に対するインタビューの内容分析
5.5 <ネットワーク分布図(トラックバックと外部リンク)>
6 結論:分析結果より――未発の社会運動としてのネットカフェ難民
7 参考文献

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12.19.2007

民事再生手続

Link: http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071214/289568/

ちょっとみなさんの考えを教えて欲しい。

本気で困っています。

私の内定先の会社が民事再生手続の開始を東京地裁に申し立てたらしいです。負債はおよそ9億円。細かい記事はググれば出てくると思います。(一応ITproのリンクを張っておきました)

人事から「内定者向けの説明会を金曜日に行います」という旨が書かれたメールがきました。すぐに電話で人事の方に確認をすると

  • 内定が取り消しになるわけではない
  • 会社は存続する
  • しかし先行きは不安定である

との回答が返ってきました。

どちらにせよ今週金曜日の説明会で詳しい話が聞けると思います。その会社に就職すべきか、しないべきか・・・:'( ちなみに今アルバイトとして2年半働いている会社から「正社員として働かないか」というオファーをいただいています。

私個人としては絶望を感じているわけではなく、すこし楽観的に構えている部分もあります。こういった類のトラブルはおそらくいつかぶちあたるもんだし、就職してから起こるよりも、今わかったというのが救いのようが気もしますしね。

とにかく自分は修論を来月の10日までに書き上げなきゃいけないわけです。それまではおそらく、他のことは手につかないと思います。ここまでやってきたものを中途半端に終わらせたくないので、集中したいですし。

というのが今週前半の近況でした:)

というか、民事再生手続きって倒産とどうちがうんでしょうか?

12.17.2007

わなわな

とにかく不安です。

面白すぎる。

負けちゃだめだ。

いえ。がんばります

12.15.2007

review: 新原道信 「生という不治の病を生きるひと・聴くことの社会学・未発の社会運動--A・メルッチの未発の社会理論」

新原先生の論文を読んだので、ちょっと忘れないようにメモ。

かなり重要なことに気づきました。

今までは、自分が研究に取り組む際に、自分の中で言語化できないモチベーションに基づいていたような気がします。それはどちらかというと、権力とか主体性といったものへの志向があったと思う。でも論文を書くという行為が果たしてどの程度この社会に影響を与えるのだろうという疑問は常に頭から離れなかった。

でも漠然とあったのは、「弱きもの」に対する共感だったと思う。誤解しないでほしいのは、「弱きもの」はある特定の社会集団(障害者や外国人、差別を受ける人々など)を指すのではなくて、例外なく「弱さ」を抱えている人間(Human Being)そのものである。でも、権力関係のなかでその弱さは封じ込められ、特定の社会的属性にその「弱さ」だけではなく、「異端/異常」のレッテルをベタッと貼り付ける。例えばニートとかフリーターとかね。

でも俺に言わせれば、それは「自分のことを棚に上げて・・・」のなんとやらなんだよ。あらゆる人が弱さやずるさや、苦悩を抱えているはずなのに、「自分は正しく/強い」っていうために、いわゆる「弱者」を生み出す、というか作っちゃうんじゃないかと思う。

それで「声」が問題になる。ちっちゃい存在、「弱い」とされてしまった存在、追い出されてしまった存在。こういう人たちの出す「声」はおおむね社会全体に届くことはめったにない。テレビとかを通して。あったとしても、それはスケープゴートとして取り扱われるか、「もっとダメなヤツらがいたぞ!」って仰々しくいわれるだけかどっちかだと思う。だから、「声」すら出したくないのもよくわかる。

でもさ。なめんなって思うんだよ。人のことバカにすんなって。多分できると思う。何かしらのきっかけがあれば、社会はもうちょっと生きやすくなる気がする。というか社会はもともと誰のものでもなく、みんなものであるはずだ。

そう。だから「声」をいかに聞くかが重要なんだと思う。つぶやき、ささやき、グチ、叫び。なんでもいい。感情が高ぶってしまったときに零れ落ちる言葉ほど、リアリティのあるものはないと思う。それは多分意味がある。ものすごい意味があることだと思う。

それをどのように「聴く」ことができるか。どのように組み立てることができるか。それこそ多様な人たちのあいだで。セッションしてひとつの音楽を作るのとおんなじように。それが「聴く」ということなんだと思う。聴き、受け入れ、自分を見直して、フィードバックする。そのループが何か、別の違うもの。ダイナミックかどうかはわからないけど、根深くて「芯」のように強いものができるんじゃないかと思う。

だから新原先生が言う「臨床の知」は大事なんだと思う。(でもサバルタン系はなんて言ってんだろ?)

以下書評 次ページに続く

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12.12.2007

師走の風景

この時期になると、駅のホームでは酔っぱらったサラリーマンの小集団が大声で話しているのを見ることができる。そんな喧騒に占拠された駅のホームで、彼は申し訳なさそうに小さくなってベンチに腰をかけて、無心に何かを書き留めている。僕はというと反対側のホームにやってきた電車に乗り込み、窓に寄りかかって彼を見やっている。電車がゆっくり走り始め、彼が少しずつ遠ざかり、窓から姿が見えなくなる。

電車のなかで、僕は一人になり、膝にのせた重たいリュックから厚めの本を取り出す。マーシャル・マクルーハンの『メディア論:人間拡張の原理』。1964年に出版されたメディア論のされた名著である。ユートピア主義について書かれていて、数々の熱狂的なマクルーハン主義者を生み出したきっかけになった本である。

新宿駅につくと、忘年会帰りらしいサラリーマンたちがドカッと乗り込んで来る。僕は一瞥して、すかさず本に戻り、こことは違う別の世界に入り込む。文字が立体感を帯びて立ち現れてくる。視界が狭まる。音が消える。外界をシャットアウトする。すると、言葉のひとつひとつの息遣いが聞こえて、コイツの言いたいことの全体の輪郭が見えてくる。

僕らは少し「ズレ」ているのかもしれない。見ているものや考えたいことも、使う言葉も少し違う。時間の流れ方、感じ方でさえ。でも意味がないわけではない。そして一人でもないんだ。

僕らはきっと頑張ってるよ。きっと。

12.11.2007

google trends キーワードを追いかけて検索

Link: http://www.google.com/trends

これかなり面白いです。

キーワードを指定すると、ネット上でそのキーワードがどのように使われているかが時系列的・地理的にわかります。

そのキーワードが多く使われている国とか街の名前までランキングにされています。

しかも複数のキーワードを組み合わせれば、それぞれのキーワードの相関関係が視覚的にわかります。

それが本当に関係あるのかどうかは別にして。

google trendsでネットカフェ難民を調べてみた:8月後半にピークが見られる

google trendsで「ネットカフェ難民」で調べてみた。今年の五月くらいからキーワードが現れはじめて、8月後半にピークが見られる。一番最初に言い出したのは誰なんでしょうか?誰か調べる方法知ってますか?

8月後半にピークが見られるのは、政府の調査があったからでしょうか。おそらくマスメディアもそのくらいにネットカフェ難民の特集を組むことが多かったような気がします。

ふむぅ。これは結構研究に使えるなぁ。でも要注意ですね。統計データというのは取り扱い注意です。

それでは、今日も閉門まじかの後楽園キャンパスよりお送りしました。それでは!

12.11.2007

いっぷく

すべてのことが終わって

家で一服するのがすきだ。

一日の疲れとかもやもやをぜーんぶ吐き出す。

朝に吸うタバコとは違って

夜、静かに、じっくりと時間をかけて吸うタバコは

僕を心地よいけだるさに引き込んでいく。

僕はそれをすぅっ、と深く吸い込む。

目の前のスクリーンを真っ暗にして

静かな音楽を煙と一緒に流し込む。

とっぷりと煙を吐き出して

ゆっくり、ゆっくりと

一日が終わる。

おやすみ。

12.10.2007

ありがとう

閉門ぎりぎりのところで粘っています。

今日はひととおりの作業がおわったので一言。

応援してくれるみなさん、本当にありがとう。

最後までがんばります。

負けません。

12.10.2007

monologue or dialogue

どーでもいいことなんだけど・・・。

自分でブログを書くときに主に二つのパターンがあることに気づいた。

モノローグとダイアローグ。

僕の場合、誰が読んでいるのかさっぱりわからないから

なんとなくモノローグになってしまうような気がする。

この文章だって、なんのために、誰に向けて書いているのかわからない。

でもなんとなく「記しておきたい」気持ちがあるのは何故なのか。

ある人は、「自分の存在を残しておきたいから」と言った。

確かに僕もそんな一面がある気がする。

特に「誰」に知ってもらいたいということではなく

「誰か」が見て、知っていてくれたらいい、と

ささやかながら思う。

12.7.2007

学生だって

友人とメシ食っているときに週に何日休みがあるかという話になった。社会人の彼は「学生は毎日休みみたいなもんだろ~?」と言った。

とんでもないぜ。動いている時間は社会人とそんなに変わらないと思う。

たぶん彼も「学生だから楽でいいな」と言ったわけではないと思うんだが。

ただ遊びでやってるんじゃないってことは分かって欲しかった。僕も戦ってる。毎日何かを生み出している。それは実感のあるもの。自分で選んで、心に決めてやってる。

「勉強好きだね」とか「よくそんなに勉強できるね」と言われるけどそれは誤解だと思う。ただ先人の知識とか経験も自分の「勉強」にとりいれているだけ。視野を広げるんじゃなくて、ひとつのものごとを見るときの視点をできるだけ増やそうとしているだけ。そして「社会」とか「世界」とか、少しだけ抽象的なものをできるだけ具体的なもののなかに見ようとしているだけ。

なぜなら意識しにくい生活の裏っかわにある社会とか世界とかの抽象的なつながりをわすれては人間の生活は成り立たないと思うから。それに注意を向けているだけ。

自分で選択的に遠回りしてるわけじゃない。思考停止してる場合じゃないです。

12.6.2007

感情のコントロール

生活リズムがかなり乱れています。

朝は貧血気味です。

夜は激しい焦燥感でなかなか寝付けません。

それで疲れて眠るという感じです。

体だけではなく、精神的にもよくないです。

なぜかイライラすることが多かったり、

他人に対する不信感や排除されている感じを抱いたりします。

(そんなことないのに)

あ、リンクブログを作りました。

ページの上の部分と、右側のメニューのところにあります。

よかったらどうぞ。

12.6.2007

オカマ ネットカフェ難民 今 ワーキングプア 脱出生活記録

Link: http://blogs.yahoo.co.jp/net_nannminn/18221316.html

このブログはすでに更新が終わってしまいましたが、とても人間味にあふれるブログです。
ネットカフェ難民の過酷な生活だけじゃなく、さまざまな人との出会いや、コメントを残していく人との交流によって、無事難民から脱出するまでの様子が描かれています。夢中で全記事読んでしまいました。これまでは会ったことのない人のブログを読むことはほとんどなかったけど、このブログを読んで、初めて「ブログって素晴らしいな」と思いました。様々なことを教えてくれた、記憶に残るブログです。

ネットカフェ難民だったネトナミです その前はニート(引きこもり)でした 今はワーキングプアだけど這い上がっていきます そんなネトナミの生活記録等を書き記した日記です 人間どんなに落ちても這い上がれる 人間誰だって頑張ってる そう思います だからネトナミも頑張ります 本当の笑顔を取り戻せるその日まで・・・・・
12.6.2007

さすがにつらいっす。

うー。最近生活がノマドのようです。

今日はちょっと弱音を吐きます。

実家だからいいんだけど、実家がなかったら完全ノマドです。ジプシーです。

それもいいんだけど。

つらすぎる。精神的にも、肉体的にも・・・。

あと少し、もう少し。。。

「もうできねーよ!」っていうくらい腹筋したあとの

「ラストもう一回」っていうときの

筋肉がプルプルしてる感じです。

12.4.2007

カメラな日々:コニカ オートリフレックス T3

先日、うちのばあちゃんにカメラをもらいました。

近所のおじいさんが「もう捨てる」っていうんで、もらってきたそうです。

そいつは、コニカ オートリフレックス T3

コニカ オートリフレックス T3の写真

いやぁ。まじで面白い。

しばらくこれで遊べそうです。

もしちゃんと撮れていたら、写真アップしますね。

12.3.2007

cultural studiesの授業での発表のまとめ

Abstract

I would like to show the positive function of the Internet from a perspective of social movement theory—especially a model of networked social movement. But social movement theory faced the problem of individualization, therefore it require new formation of movement. And then cyberspace may be preferable ground for possible place of activism. According to some authors, Cyberspace has significant function on this society with the interactive relationships between real spaces. When it comes to social movement, the Internet is still important medium for their activities: information exchange, free speech and publishing, and making network. In this presentation, I take blogs by net cafe refugees in contemporary Japan and their voices from cyberspace show us a tentative possibility of networking and empowering to be social movement.

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