11.30.2007

インターネットの「当たり前さ」

先日マニュエル・カステルという人のInternet Galaxyという本を読んだ。
その感想をメモ書き程度に。

http://www.amazon.co.jp/Internet-Galaxy-Reflections-Business-Society/dp/0199255776/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=english-books&qid=1196406901&sr=8-1

思えばインターネットが日本に定着してすでに10年が過ぎている。総務省の情報通信白書によると現在の国内のインターネットの普及率は68.5%、利用人口は8,754万人にものぼるという(図を参照)。これほど技術が普及した結果、多くの人、とりわけ若者やホワイトカラー層は日常的にインターネットを使っていることになる。例えばメール、ショッピング、趣味、ニュースの閲覧、レストランの予約など多岐にわたる。とりわけ購買や趣味・娯楽には大きな影響を与えている(図を参照)。このように考えると、もはやインターネットは生活の一部をなしているといえる。

インターネットの利用人口:は8754万人で上昇傾向は右肩上がり
購買や趣味・娯楽は25%の人がインターネットによって変化したと感じている

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11.28.2007

修論用メモ

先行研究の部分がようやく終わりました。
もうちょっとやりたい部分もあったなぁ。

Literature Reviewと分析理論の境目がいまいちわからんですね。

これから読んでまとめたい学者さんたち:先行研究

プライオリティの高いものから・・・

  • Manuel Castells
  • Bary Wellman
  • Craig Calhoun
  • James Slevin
  • Tim Jordan

最後の二つはまあいいかな・・・。

事例

youtubeでネットカフェ難民についての動画のコメントとかも見てみる必要があるな。
2chとかはどうなんだろうか。

ブログについて

一つ目はおそらく一番早い時期にネットカフェ難民自身で運営されたブログだと思う。すでに終了済み。多くの投稿とコメントがある。二つ目はネトナミさんという難民の方のブログ。これも終了済みだけど、たくさんの投稿とコメントがある。

三つ目はネットカフェ難民のものではなくて、ホームレスの方によって書かれているんだけど、ネットカフェ難民について重要な示唆がいくつも含まれている。しかもネットカフェ難民だけじゃなくて、現代の貧困とかその他政治のことなど多岐に渡って、するどい洞察を加えている。

四つ目はこれ、
市民ジャーナリストで若年層野宿者問題に取り組んでいる。参与観察として、インタビューするにはいいかも・・・。

一つ目と二つ目がメインです。他にあるかなぁ・・・。

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11.26.2007

On Freedom

自由ってなんだろーなーと思う。

何にも縛られていなくて、でも何にも属していないから、自分でいろんなことに向き合わなきゃいけない。

自分でそうなるきっかけを作るには自分は随分弱すぎると思ったり

あるいは、自分では何もしようとしてないだけなのかもしれないともおもったり。

夕焼け

写真は後楽園から見た夕日。この日は本当に夕焼けがきれいでした。

11.24.2007

wave

He always searchs for something.

He never knows what it is.

But he dives into a darkness of the night, with all night long.

Sometimes he searches for it in the Net.

Sometimes he searches for it in music.

And, sometimes he searches for it in cigarette and whisky.

But he has never find.

The feelings of shortage is keeping to knock on him.

Sometimes, he realizes he cannot get it in his hand with eternity.

But he cannot stop it, like addiction.

He apparently seems to be happy.

He has good friends, good colleague and he is surrounded by warm family.

He doesn’t worry about his life economicaly and he also graduated a university.

There is no matter for him in his whole life.

Sure, he is so happy.

But he dosen’t really know the reason why he feels someting is lacking in himself.

This is like wave, going forward and going back, again and again.

But he realized this turn is serious for him since three years ago.

Because he has already experienced same situation.

And then, lonliness comes to him.

He gets mentally independent from everything.

You may well call solitude.

He tries to be alone.

And he wanna make it secret.

It might be a feeling of being disappear.

In a symbolic meaning, it is more like death,

though it is absolutely not sucide and not physical death.

But recently, he gets to know that he want, from deep insde,

to realize he is not alone in this world,

and percieves of someone beside him.

But there is a huge wall dividing the each individuals.

Therefore, as a same time he realized that thing, he knew it will not be fullfill even in the future that.

But on the other hand,

therefore, he sympathizes the other’s sadness of life and lonliness and he believes the strongness and weakness of human being like two sides of a coin.

That’s why human being can connect with each other.

It is more like that human beings become like “a” human being.

It is “unite".

Anyway, he have to fight against the shadow of himself and by himself.

It is life. It never ends. It’s going on.

11.22.2007

FreeRice

今日は面白いサイトを見つけたのでその紹介です。

FreeRice

http://freerice.com

FreeRice

このサイトではクイズに答えるとお米が10粒もらえる仕組みになっています。

一問につき10粒。

それで最終的にはそのお米は飢餓に苦しむ人たちに送られるのだとか。

このクイズが結構難しい。

四択の中から問題になっている単語と同じ意味を当てるのだけど

全然聞いたことない単語が多いです。

ちなみにこのクイズの画面に表示される企業の広告料でお米を買っているのだとか。

このサイトより引用。

FreeRice is a sister site of the world poverty site, Poverty.com.

FreeRice has two goals:

1. Provide English vocabulary to everyone for free.
2. Help end world hunger by providing rice to hungry people for free.

This is made possible by the sponsors who advertise on this site.

Whether you are CEO of a large corporation or a street child in a poor country, improving your vocabulary can improve your life. It is a great investment in yourself.

Perhaps even greater is the investment your donated rice makes in hungry human beings, enabling them to function and be productive. Somewhere in the world, a person is eating rice that you helped provide. Thank you.

なかなか面白いアイディアだと思います。

日本の場合、寄付するのでも結構手間がかかったりして億劫になったりするらしいですし。

これまでに3,059,177,080粒のお米が集まっているようですよ。

一体何合分のゴハンが炊けるんでしょうか??

そういえば、昔MSNも似たような検索エンジンをやっていたような。

ということで一度やってみてはいかが??

11.20.2007

テープ起こし

急に寒くなってきましたね。
昨日は木枯らし一号だったとか。
気温が13℃だったかな?
一気に冬ってかんじですね。

さて。今テープ起こしをやっています。
やったことある人ならわかるだろうけど結構苦戦しますね。
30分くらいやって5分くらいしか進まない・・・。

なかなか難しいもんです。
やっぱり必要なところとそうでないところを分ける必要がありますね。
それと、逐語訳的に起こすのではなくて、語尾などは少し修正したりする必要もありますね。
最終的には英語に翻訳しちゃうからいいんだけどさ・・・。

ちなみに、いいソフトがないかなと思って探してみました!
「おこしやす」というフリーソフトを見つけたので
これを使っていますが、かなりよいです。
テキストエディタを使っていてもショートカットキーで
一時停止・再生・巻き戻しができます。
インストールタイプじゃなかったら
USBメモリに入れて持ち歩くのになぁ。
なんかいいソフトないでしょうか。
もし知っているソフトがあったら教えてください(笑)

http://www12.plala.or.jp/mojo/

昭和記念公園
日曜日は昭和記念公園に行ってきました。イチョウがものすごくきれいですね!
11.17.2007

ももんがー

「はっぴぃえんど」にはまる。

あ~。なんでこんなにやさしいんだろ。

夏だね。この人たちが歌っているのは。

しかも新宿とか。だね。

歩きながら歌っている感じです。

古いのに、新しい。

すごく今っぽい。

そんで懐かしいな。

この脱力っぷりがいいな。

でもなんか大事なモノが詰まっているような気がする。

ふぅ。最近元気が出ません。はぁ。

アタマがグルグルします。

ももんがー。

日暮里 谷中墓地にて

*写真は日暮里の谷中墓地でとった猫君です。日暮里は猫が多いですね。裏路地に入るとかなりの確率で猫に会います。写真の彼は人がきても媚びず、びびらず、まさに「威風堂々」といった感じでした。

11.15.2007

インターネットの意味/意義/強さ

ネットってなんだろうな。
ネットの強さってなんだろう。
俺は三つあると思う。

ひとつめ

「誰もが発信できる」

うん。

これはよく考えたらスゴイことだ。今までだったらモノを言うためにはなんらかの「権威」とか「地位」とかがないとできなかった。でも今なら、ジャーナリストじゃなくても、政治家じゃなくても、公に意見を言うことができる。誰だって。

「知ってもらう」というのは思った以上に大切ことなんじゃないかな。何かひとつのモノゴトに対して、100人いたら、100通りの解釈、価値観、考え方があるはずだ。みんなひとつとして同じものはない。この100通りの考え方を共有できるというのは、もっとすごいことだと思う。モノゴトをもっとよく見ることができるし、比べることができるし、考えることができるし、判断をくだすことができると思う。そのモノゴトってのは、別に政治とか、なんかかしこまった大きいものじゃなくてもいい。趣味のことだっていいし、夕飯の献立のことだっていいし、娘の成長日記だっていい。とにかくどんなに小さなことにでも「意味」はそこらじゅうに散らばっている。その意味はある人にとっては重大なきっかけを与えるかもしれない。他の人にとっては本当に些細なことであっても。ひとつのモノに対して、ひとつの見方しかできない社会よりも、ひとつのものに対して、100通りの見方を持っている社会のほうが、もっとタフで、粘り強くて、流動的で、臨機応変で、ダイナミックだと思う。それにそのほうが面白いし、クリエイティブだし、こんなに窮屈じゃなくて、みんなもっと生きやすい自由な社会になると思う。もちろんそのためには、自分とは違うモノの見方を拒絶するのではなく、「承認」することが必要だけど。それは決して「同意」することではなくてね。個として認める。

二つ目

つながる

これは一つ目よりももしかしたら、もっと画期的かもしれないけど
もっと意識しづらいものかもしれない。

インターネット = inter + net

ってことで「相互につながっているネットワーク」ということだよね。中央集権的な情報伝達システムではなくて、脱中心的な分散型情報伝達システム。岡部一明さんという方の「インターネット市民革命」という本によると、もともと軍事技術としてインターネットは作られたけど、「核戦争で中央司令部が破壊されても生き残りワークする情報伝達システム」というコンセプトが、実は「最高にアナーキー」な形態を表現してしまったとのこと。

その意味は中央集権型(またはヒエラルキー型)のコミュニケーションは、より少ないコミュニケーションできちんと(ルールにのっとって)モノゴトを伝えることを目的としているのに対して、分散型のコミュニケーションはより多くのコミュニケーションをとりながら、相互に足りない部分を補って、オリジナルよりもより複雑で高次元のモノを作ろうとするプロセスなのだそうだ。

もっと究極的に言うと自分と他者との境目がぼやけてきて、違いを持ちつつ、互いのリソース(情報・知識・能力・観点)を共有できるということだと思う。

例えば、どんな状態のことか?

士郎正宗の「攻殻機動隊」というマンガの二巻のなかで、主人公の荒巻素子が彼女の支援AIと興味深いやりとりをしている。

AI:ボクら支援AIは言語やOS、端末誤差はあっても基本的に既知宇宙(ネットワーク)の一つの存在です。端末ハードの数や距離は見た目上の現象にすぎません。

荒巻:ふむ。続けて。

AI:ヒト脳は通常連結しても融合せず独立し続けます。何かのプロジェクトを並列処理しても効率はあまり変化せず、出力が多様化します。

荒巻:あんた達の「個性」とは違うの?

AI:違います。ヒト脳アレイは基礎構造深部まで個性化しており融合を前提に設計されていないようです。ユーザー慣習に合わせていますが、「ボクら」は本当は「ボク」でより巨大なシステムの一部に過ぎません。

これはおそらく、コンピュータはまったく同じものを複製できるという点では真に個性的とはいえないが、ネットワーク化していることによって、ネットワークの先にぶらさがっている各ノードにアクセスすることができる、つまり個は総体の一部であり、同時に総体と同様の情報(リソース)を有しているという意味で、個は総体そのものであるということだと思う。ただ人間は真に「個性」を持っているので融合はできないが、そのぶん「ゆらぎ」や「あそび」が総体(この場合は社会)を刺激し、総体の動脈硬化(死滅)を防ぎ、ダイナミックに振る舞いをする存在であると考えられる(このヘンは第一巻を参照)。

実はこれをかなり似ていることを宮沢賢治は言っているのではないかと思う。
最後のフレーズが最も重要だと思う。と同時に一番好きなフレーズ。

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鑛質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです

これらについて人や銀河や修羅や海膽は
宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

士郎正宗が宮沢賢治を意識しているかどうかはわからないけど、この二人の宇宙観はとても似ているように見える・・・。

話はもどって、最後にもう一つだけ、もっと現実的な例を。UNIX/Linux系のシステムにはSSH(Secure SHell)という技術がある。SSHとは、

ネットワークを介して別のコンピュータにログインしたり、遠隔地のマシンでコマンドを実行したり、他のマシンへファイルを移動したりするためプログラム。

sshとは 【Secure SHell】 - 意味・解説 : IT用語辞典より
http://e-words.jp/w/ssh.html

である。

主に、ログインIDとパスワード、鍵などを使って別のコンピュータにアクセスする。するとまるで自分のコンピュータを使っているかのように、接続先のコンピュータを使うことができる。このときに、ある意味で、コンピュータ間の区別/境界はなくなる。

そしてインターネット。厳密に言えばインターネットとWorld Wide Webは異なるものである。インターネットは厳密に言えば「TCP/IPプロトコルによって相互に通信が可能なネットワーク」と定義できるが、一方でWWW(World Wide Web)は異なるテキスト間をマークアップすることによって相互にリンク付けを可能とするHTML(Hyper Text Markup Language)で構成された、インターネットを経由してアクセスすることのできるwebサイト、またはwebサイトの集まりである。(ん?その意味ではwebサイトというのは、web状に広がったネットワークの中のサイト[場所]ということになるのかな?)

このすべての例に共通するのは「つながる」ということである。つまり、個そのものでは欠陥やリソース(情報・知識・能力)の欠乏があるが、他とつながることによって補完される。一方総体である「ネット」または「ウェブ」(または「宇宙」)は、こうしたダイナミックな個の複雑なコミュニケーションによって成り立っているため、決して静的ではなく、潜在的に常に変化していく可能性を持っている。人間は物理的な限界(特に時間や空間)のためにコミュニケーションできる範囲が限られている。でもインターネットはこの限界を突き破って、情報・知識レベルでの「ネットワーク」を可能にしたと思う(肉体や能力レベルではなく)。

三つ目は

空間を作る

ってことだと思う。

つまり②で言った「つながり」は決して流動的で壊れ続けるものではなく、時として恒常的なコミュニケーションによってコミュニケーション空間が形成される。つまりオンラインコミュニティだったり、掲示板だったり、ブログだったり。そこは同じような目的(または関心・興味)で集まったにもかかわらず、根本的には互いに異質さをはらんだ他者どうしのコミュニケーションで埋めつくされている。しかしだからこそ、そういった他者が空間を形成することで、個では発揮できない力を生成することができる。具体的にはこういった空間が増す・メディア並みの情報発信力・影響力を持つこともある。ここでは②にあげた「つながり機能」によってよりダイナミックな相互行為が行われ、拡張される。無為なネットワークは有為な空間へメタモルフォーゼしていく。

こんなふうにインターネットは現実の社会、現実のコミュニケーションに制約されながらも、現実の限界をぶっ壊しつつ、多元的な主体によって構成されている言論空間(日記などのもっと日常レベル・プライベートレベルまで落とすと、政治的な文脈で使われることの多い「言論」よりも、「意味空間」のほうがが適切か?)が、網目状に形成する。そしてその網目状のネットワークは局所的に特殊な空間を形成することによって、インターネットだけではなく、現実の世界にフィードバックを与える。

だけど問題はこういった個としてのサイトや、形態としてのネット、空間としてのスペース、どれをとっても「どういった文脈・価値観で語られるか」が重要なんだと思う。例えば、あくまで例えば自由主義なのか、共同体主義なのか、国家(粋)主義なのか、資本主義なのか、ポストモダニズムなのか。はたまた技術至上主義なのか。それはまた今度。

11.13.2007

音楽の話

今日はバイトのあと授業があり、そのあと悪友(?)に呼び出され家に行く。彼の家に行くと、大音量で音楽を聴いていた。でっかいスピーカーを直しているみたいだった。どうやら今までのライブの手伝い賃としてくれるって話だ!それはとても古いものなのだそうけど、中古で3000円くらいだったらしい。それを直してくれた。

今日はジョニー・ミッチェルを聞いて、UAを聞いて、はっぴぃえんどを聞いて、ニール・ヤングを聞いて、あとよくわかんないのを聞いた。そこは地中海のビーチだったり、石畳の広場だったりした。彼によるといい音楽は聞く人に風景・情景を想像させるのだそうだ。ボサノバは南国のビーチの細かい砂を「サッ、サッ」と踏む音が聞こえるような感じ。UKロックはずっしりとした雲が重たくのしかかっていて、寒々としている様子。などなど。そんで津軽はやっぱり三味線があうし、とかそういう話をしていた。

あぁ。海のものは海のものと会うし、山のものは山のものとあうしな。ガーリック+トマト+バジル+モッツァレラチーズ+ワインなんかは最強だし、かつおだしの味噌汁と魚と米と日本酒なんかもやっぱりあうわけですね。要はハーモニーだ。

ところでアコーディオンの音ってなんであんなに切ないんだろう。

あと話したのは、やっぱり人間関係ってのは難しいってのと、どんなにいい人でも、いい面ばっかりではないってこと。人って子供っぽかったり、頑固だったり、寂しかったりするしね。でも彼はフィーリング合えば、グルーヴしちゃえば、それでいいんだと言った。うん。そーかもね。

11.11.2007

今日のゼミの報告 事例をどうやって集めるか?

今日はゼミがあった。
俺は20分くらい時間があればよかったんだけど
まる1コマ使ってしまいました。
みなさま申し訳ないです。

でも今日はとても嬉しいことがあった。
先生がむちゃくちゃ褒めてくれましたw

これまで書いてきたペーパーを読んで
“absolutely perfect!!"と言ってくれたっ!
泣きそうになりました(泣)

彼曰く、"well organized and having strong consistency”
と言ってくれた。

ああ、ここまで頑張ってきてよかったな。
事例もなんとかなる・・・のかな?
とても不安だ。

理論と同時並行で進めたほうがいいかな。。。

11.10.2007

運命?

事後的によく考えることは
「きっとこうなってよかったんだろうな」ということ。
それは、浪人したときも、留年したときも考えた。
なぜなら、そのことによって
たくさん考えるようになったし
次のステップに進むときのモチベーションになったから。

だから俺のなかでは失敗はつきものだし
苦労はいつも必ず自分のためになると思っていた。

最近、論文がきちんと書けるかどうかわからない。
書けないってことは、卒業できないってことで
就職できないってことだ。

仮に卒業できなかったとしても
もう一年かけて、論文を書くことは意味のあることなのかもしれない。

もし、神様がいたら、こう考えているかもしれない。
「オマエはまだ半端者だから、もう一年やりなさい」と。

事後的にそう言われるなら納得ができるけど
今それを言われたら、とてもムカツクだろうなと思った。
というか、むかついた。悔しいだろ。それ。なんか。

運命がそうであるなら、もしそう俺が仮定したら
それをくつがえしてやりゃあいいと思った。

試練だと思えば、それが後に来るのではなく、今来ただけなんだろうな。

11.9.2007

タスクメモ 修論提出まであとわずか

論文提出まであとわずか。
ちょっとやることを細かく整理しておかないと。。。
まだまだやることがある。。。

11月いっぱい:事例:ネットカフェ難民だけでなく、ワーキングプアも見る必要がある?
11月いっぱい:先行研究:日本の研究者の研究
12月上旬:理論:project identity, individualization,ポスト新しい社会運動論
12月中旬:分析
1stドラフト:12/19
冬休み:引用やレファレンス、スペルチェックなど。
提出日:1/10

がんばるぞ。。。

11.6.2007

「ネットカフェ難民」という言葉

先日「ネットカフェ難民ブログ」というブログを読みました。

このブログは実際にとある理由でネットカフェ難民の生活を始めなくてならなくなった方が、その生活を毎日綴ったものです。

このブログを読んでいて、ネットカフェ難民の人たちがいかに苦しい生活を送っているのかが伝わってきました。この方は都心のネットカフェを転々と移りながら、時々入る派遣の仕事をしながら暮らしていたようです。

とても大切なのは、このブログにコメントを残していった人たちの存在だと思います。自分の会社に働きに来ないかと声をかける人がいたり、実際にネットカフェ難民の人で、その苦しさに共感を覚えたり、あるいは応援をしたりなど。このような良心の結びつきが自然にわき上がって、それが集まっている空間だなぁと思いました。

一方、一見心無いコメントをする人たちも少なからずいます。例えば「甘えるな」とか「もっとがんばれ」など。個人的な意見としては、彼らは(少なくともブログ主さんは)一生懸命頑張っているように見えます。ただ、その頑張り方や、頑張る内容が違うだけなんだと思います。外からだとどうしてもそれが見えないのはしょうがないと思う。逆に言うと、「甘えるな」という人でさえ、どこかでは甘えているわけで、その「甘え」が許されるかどうかは、その人の周りの環境によって違います。だから、どっちが劣っている、とかの話ではなく、ただ「違う」だけなのではないかなぁ。

ただ、このブログ主さんはそんなコメントも、謙虚に受け止めているのが印象的でした。というよりも、そのような厳しいコメントも、自分の成長の糧として吸収しているように見えました。実際に、ブログ主さんはこのブログで、様々な人とのやりとりを通して、大きくなったように見えます。

最後にこの方のブログにもコメントをさせていただいたのですが、僕はいわゆる「ネットカフェ難民」という言葉があまり好きではありません。おそらく、ネットカフェ難民と呼ばれる人たちが、そのような生活に陥った(あるいは選んだ)理由は人それぞれだと思うし、置かれている状況も様々だと思います。いわゆる「ネットカフェ難民」の問題はもっともっと複雑な気がしてならないのです。景気だけじゃないし、教育だけじゃないし、家庭の問題だけでもない。いろんな問題が複雑に絡み合っている気がします。もっと言うと、急激に変化している今の社会のしわ寄せが、彼らに来ているような気がします。だから、どこか「もろさ(vulnerability)」を持った人たちがその犠牲者となってしまうのではないでしょうか。

でもひとたび「ネットカフェ難民」と呼ばれてしまうと、それで問題が解決したかのように見えてしまいます。例えば、若者の雇用を増やそう、とか義務教育のなかに労働教育(キャリアデザイン)を取り入れようとか。特にマスメディアの影響は強いと思います。「ここに問題があるんだ!」という指摘はとても重要だと思いますが、そこで「こういう風に彼は乗り越えた」とか「彼らはこんなにつらい生活をしているんだ」とかいう切り口は結果として、ネットカフェ難民を一枚岩にしてしまいます。乗り越え方も人それぞれだろうし、自分で積極的に選んでいる人もいるだろうし、実際にはツラさだけではなく、「発見」や楽しさや、喜びや充実感もあるのではないでしょうか。

さらに今年の八月に厚生労働省が行った、
「日雇い派遣労働者の実態に関する調査及び住居喪失不安定就労者の実態に関する調査の概要」のような実態調査も
実はどこまでが本当で、どこまでがそうではないのかがわかりません。
でも「政府機関が行った公式調査」という位置づけが、いかにも信憑性がありそうな雰囲気を生み出しているような気がします。別にこの調査自体が良くない、といっているわけではなくて、社会全体として「政府機関が行った公式調査」が行われたのだから、「私達はネットカフェ難民についてすでによく知っているし、よく知っているということは、すでに問題は解決できるところまできているのでは」という世論が形成されてしまうことが問題だと思うのです。

あるところで読んだ話では、現在の経済体制、いわば先進国の資本主義では必ず「犠牲者」を必要とするらしいです。つまり効率よく資本を蓄積するためには、余分なものはどんどん省いていかなければならないし、その過程は人間はどんどんふるいにかけられます。今の日本のやり方は、それをさも当然としています。最初から彼らには、全体の何%が犠牲になるということを計算済みなんだと思います。

これが「ネットカフェ難民」というレッテル付けをする危険性だと思います。結局「甘えてる」だとか「もっとがんばれ」という批判は、財界・政界・官僚側にしてみれば、自分達のやっていることに対する批判の風よけになるから好都合なんだと思います。むしろ、目を向けなきゃいけないのは、「そっち側」なわけで、「ネットカフェ難民」はあくまで、最もわかりやすく、センセーショナルな「異端」なんだと思います。むしろこの「犠牲者」のヴァリエーションはワーキング・プアやニート・フリーター(この言葉も同じ理由で好きではないですが)の問題と共通する部分が多いと思うし、もっと言えば障がい者や老人、在日外国人も同じ文脈のうえにいると思います。

僕らはもうちょっと怒っていい気がするのは、僕だけでしょうか。

11.6.2007

復活しました

やっとこさ復活しました。
八月に以前のドメインが期限切れ(というか更新忘れ)になってしまい
ようやく新しくドメインをゲット。
ほんでサーバもロリポップからXREAに鞍替えです。
XREAの方が玄人向きな感じですね。

なるべく更新していくようにしますので
これからもよろしくお願いします☆