11.29.2006

新聞読みますか?ネット新聞と紙新聞

最近、毎朝駅の売店で新聞を買っています。家では読売なのですが、家だと何故か読む気がしないんだよね。だらだらしてしまうので。以前はインターネットでよく読んでいたのだけど、スクリーン上だと読みづらいし、事実を簡潔に報道しているだけだし、何よりインターネットをしていて思うのは「早く!早く!」と焦ってしまい、ゆっくり読めないのです。

なぜでしょうか。ネットしてるとすごく焦る。というか急いでしまう。表示に時間がかかったり、どこに何があるかわからなかったりすると、すげーいらいらする。おそらく時間の感覚がネットしてるときだと早くなってしまうんだろうな。手早く便利に欲しいものにアクセスできるから。これも考えものだな・・・。

そこで毎朝、新聞の一面を見て興味ありそうなものを扱っていそうな新聞を選んで買うことにしています。だいたい朝日、毎日、東京の中から選ぶことが多いです。今までは読売以外読んでこなかったので結構新鮮です。しかも電車のなかとか仕事の前後、勉強の合間に読むから、自然とスローになる。急ぐ必要ないからね。みなさんどんな新聞読んでますか?またはどんな読み方してる?

11.5.2006

なぜ公共圏を勉強するか:公共圏の衰退とインターネット (public sphere and the Internet)

僕は大学で「政治社会勉強会」という勉強会で「公共圏」について学んでいます。

最近いろんなことがあって、「なんで公共圏を勉強してるんだ??」と忘れてしまいそうになったので改めて公共圏を自分の研究の中に位置づけてみようと思いました。以下駄文ですが興味ある方はどうぞ。

公共圏とは主にハーバマスによって概念化されたひとつ社会的な領域のモデルである。ハバーマスらは公共圏を、「みんなが関わることがらを決める領域」であるとして定義している。具体的には中世のヨーロッパのサロンの研究を通して、ブルジョワ層の人々が国家権力からは独立して政治や文学の議論を行い、ある一定の社会空間を形成したということを説明している。ハーバマスによれば、公共圏は誰にでも公開されていることや、理性に基づいた議論が特徴であるという。

ハーバマスによる公共圏研究の意義は市民社会の原型として公共圏をモデル化したことや、公共圏の議会政治への発展、資本主義社会への移行を説明したことである。またジャーナリズムの起源も、ブルジョワ階級が経済活動のためにヨーロッパ各地の社会状況を把握するために発展してきたという経緯を踏まえていることからも、公共圏はジャーナリズムとのつながりも非常に深い。

以後公共圏研究は多岐にわたり、ハーバマスが提唱した公共圏モデルは主にブルジョワ型公共圏として議論されるようになった。現在ではこのモデルの特徴をベースにしながらもフェミニズムやカウンターカルチャーなどの社会運動的における公共圏(いわばライフ・ポリティクス)の形成やマスメディアによる公共圏の形成・拡大、またはグローバリゼーションにともなう市民的公共圏の衰退について研究されている。特に最後に挙げた衰退論については、社会の個人化・断片化によって公共圏が形成されにくくなっているというのが一般的な説である。その原因についてはリスクの増大、自己責任の増大、コミュニケーションの消費化、(物事に関わろうとするような)主体性の衰退などが挙げられている。

そしてサイバースペース研究においても公共圏は重要なオブジェクトとして研究されている。僕はサイバースペース研究における公共圏をとりあつかうことの意義は、インターネットという領域では、現実の権力や規制、社会構造とは相対的に独立して、自由に市民的な連帯を形成することができる可能性を持っているということであると感じる。

しかしそこでは匿名性の問題や、身体の不在、それにともなう倫理の重要性などが問題になってくるのではないだろうか。

そして実際は現実の社会をどのような意識で生活しているか、他者とどのように関わっているのか、あるいは関わっていきたいのかという意識がネットにおけるコミュニケーションにも影響を与えるだろう。また同時にネットでの公共圏はおそらく現実社会にもなんらかの影響力を持っているはずではなかろうか。そうすると現実社会で公共圏がどのように形成されているのか、または衰退しているのかを研究する重要性は十分にあると考えられる。